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シマダノメ
深掘りインタビュー!第17回
加藤弘堅選手

シマダノメ 深掘りインタビュー!第17回 加藤弘堅選手

『シマダノメ 深掘りインタビュー』の第17回目は、背番号17の加藤弘堅選手の登場です。今季でプロ12年目、ギラヴァンツ北九州在籍5シーズン目となる経験豊富なミッドフィルダーに、今季における自身の変化と成長について深掘りしました。プレーと同様に広い視野と鋭い観察眼を持っているからこその興味深い話や心にグッと来る言葉が聞けるインタビューとなっています。
(取材日=2019年11月7日)。

―今季でチーム在籍5年目。過去に在籍したどのクラブよりも長くプレーしています。

そうですね。最初の京都サンガが4シーズン、カターレ富山が1シーズン、ザスパクサツ群馬が2シーズン、そしてギラヴァンツ北九州が5シーズン目ですね。

―2015年に加入する時と現在、北九州の街に対するイメージが随分と変わったのでは?

北九州への加入が決まった時は周囲から「怖いニュースがあるけど大丈夫?」という声が多かったのですが、京都で1年間ほど一緒にプレーしていたヨウヘイ君(内藤洋平選手)から話は聞いていたので、僕自身はそれほど心配していなくて、実際に来てみると、とても住みやすいし、僕らを迎えてくれる方々はとても優しく、過去に住んだ街の中で一番温かい街ですね。

―内藤選手とは1歳差?

そうです。ヨウヘイ君が大学を卒業して京都にルーキーとして入って来た時に僕はプロ4年目でした。

―今年がプロキャリア12年目。市立船橋高校から京都に入った時、30歳になってもプロでプレーしている自分を想像していましたか?

当時も30歳を過ぎてバリバリとやっている選手もいましたから、自分も、という漠然とした思いはありました。

―社交的な性格ですから、北九州の街でたくさんの知り合いができたのでは?

一番多いのは食べ物屋さんでしょうね。選手同士で紹介し合いますし、その中でさらに別のお店も紹介していただいたりしたので、かなり増えたとは思います。それもあって住みやすい、と感じられるんだと思います。

―食事の話が出ましたが、福岡ソフトバンクホークスのピッチャー、岩嵜翔選手ともよく会食されるとか?

岩嵜はイチフナ(市立船橋高校)で3年間同じクラスだった同級生なんです。だから僕が北九州に入る前からひんぱんに連絡は取り合っていました。北九州に来る前にも、アビスパ福岡との試合をした後泊で、一緒にご飯を食べていました。

―高校時代のサッカー部と野球部って仲が良くないイメージがありますが?

確かに同じ部の仲間同士でかたまって行動する傾向はありましたが、僕の場合は、いろんな部の人たちとバランスよく付き合うタイプでしたからね。

―お互いにプロになって刺激し合うことも?

僕は特に岩嵜を意識しました。サッカーより野球の方がメディアでの露出も多いですし、特にこっちに来てからはねぇ……。岩嵜は一昨年にものすごい活躍をしたから、一緒に買い物に出かけても、街の人からサインや写真を頼まれる回数も多かったし、それなのに岩嵜はおごらず、とても謙虚で、人としても出来ているので、良い刺激を与えてもらえる存在。だから長く付き合えているんだと思います。

―自炊もこまめにしているようですが、性格的にはかなり几帳面なのでしょうね?

どうですかねぇ、洗濯物をたたまずに部屋の隅に置いていることもありますよ。でも、置いてて2日くらい。「あー、やらなきゃ」って片付ける。僕の父がマメな人なんです。母の手が回らないこと、例えば庭掃除とか玄関先を掃くとか、そういうことを自然にできる人。5人兄弟の末っ子で、子どもの時は靴磨きを担当していたらしく、僕の履いているスパイクを玄関先に干して、それから靴磨きを僕に伝授してくれました。めんどくさいなぁと感じさせるのではなく、きれいになっていく過程を楽しめるような、そんな教え方をしてくれました。そういう父の背中を見て育ってきたので、どちらかというと、マメな人間になったのかもしれません。

―そういうマメなところ、几帳面な性格はピッチ上でも表れていませんか?一つひとつのプレーに丁寧さを感じます。

チームメイトにも言われるし、自覚もあるのですが、論理的であることにこだわる方だと思います。対人プレーの時は気持ちを前面に出す必要があることはもちろん理解していますし、やりますが、戦術的な部分で、『○○がこうだから、こうする』ということを求めますね。つまり個人の判断が必要な場面も多いのですが、チームとしてどうするべきかという共通認識をしっかり持った上での個人判断じゃないとチームがバラバラになると考えているから、そこは譲れないんですよねぇ、メッチャこだわります。

―今季第26節のいわてグルージャ盛岡戦でJリーグ通算250試合出場を達成しましたね。

100試合単位では気に留めていたのですが、250試合には気づかず、スタッフの方に教えていただきました。でも、僕の同年代でもっとたくさんの試合に出ている選手はいるので、まだまだですよ。例えば年代別日本代表で一緒にプレーしていたところで言うと、アビスパ福岡の鈴木惇やコンサドーレ札幌の宮澤裕樹なんかは300試合を軽く超えているはずですよ(※鈴木選手は385試合=11月10日時点、宮澤選手は363試合=11月9日時点)。

―その2選手はともに加藤選手と同じボランチの選手ですね。

ヒロキ(宮澤)は年代別代表ではフォワードでプレーしていたんです。いまは、ボランチをメインにセンターバックもやっていますけどね。

―この先、何試合くらいまで、という目標はありますか?

具体的な数字ではなくて、ただプロというカテゴリーの中で、できるだけ長くプレーして、できるだけ多くの試合に出たい、という思いだけですね。

―今季は加藤選手自身にとってなかなか大変なシーズンになっていると思います。開幕から6試合連続で先発して、2得点を挙げて、4連勝に貢献したにもかかわらず、以降は途中出場、あるいは第10節から16節まではメンバー外にまでなる状況になりました。第20節のガンバ大阪U-23戦で先発復帰するまでに何を思い、どう過ごしていたのか、とても気になります。

プロならば出場機会がなくなったことに納得してはいけない、でも受け入れなければならない。少し矛盾はしているんですけど、昔お世話になった指導者の方に「自分の立場に納得するな、でも受け入れろ」と教えられたことがあるんです。今が限界だと思うのではなく自分ならもっとできるはずだという思いを持ちながら、ただそれができていないから今の立場にあるんだということを受け入れる、ということです。そうじゃないと次へ行けない。メンバー外になった頃は、そういうことを改めて自問自答していた時期でした。ただ、僕よりも年上の選手の姿勢はすごく刺激になりました。

―どういうふうに?

ヨウヘイ君だって長く北九州でプレーしてきてJ3に落ちたことをとても申し訳なく、また悔しく思っている一人だから試合にはものすごく出たいはず。でもキャプテンという立場もあるから、そういう悔しさを抑えて、チームのために行動し、発言してくれている。それからイケさん(池元友樹選手)は去年とかケガが多くて思うようにプレーができずに歯がゆかった時期もあったはずなのに、それを出さずに黙々とトレーニングに励んでいた。最年長のモトさん(本山雅志選手)は、なかなかコンディションが整わずにリハビリの繰り返しという本当に大変な状況にもかかわらず、僕を含めたほかのチームメイトを励ますんですよ。そういう人たちの姿勢を見ているから僕も……、という意識を持とう、とは思うんだけれども、それでも悔しさをどう消化すればいいのか、難しかったのは確かなことです。だからこそ、先輩たちのすごさを改めて感じさせられた時期でもあったんですよね。

―再び先発の座を勝ち取るために導きだした答えは何だったのでしょうか?

僕はなぜメンバーから外されたか分からない時は自分から聞きに行くタイプなんです。今年はアマさん(天野賢一ヘッドコーチ)が気にかけてくれていたのでよく話しましたし、シンジさん(小林伸二監督)にも2、3回ほど話をしに行きましたね。そこで何を求められているのかを探って、それができるように努めました。

―例えば小林監督からはどんなことを求められたのでしょうか?

一つは守備に対するハードワークですね。その時にボランチで定位置を獲得していたリュウ(川上竜選手)やソウヤ(藤原奏哉選手)の監督の評価はそういうところにありましたから、そういう部分が自分に欠けているんだろう、と理解しました。ただ、最初の頃はまだ自分の持ち味、それはボールを持って攻撃の部分で貢献する、というところを、もっともっと発揮してアピールすることで足りない部分を補おうという気持ちでやっていました。そういう考え方を「自分の持ち味を発揮しながら、弱い部分も強化していく」という方向に持っていくのに少し時間がかかったんです。

―時間がかかった理由は?

今年は特に、なんですけど、相手が強烈なプレスを掛けてきても、周囲が見えていて、慌てることなくボールを自分の間合いに置くことができている感覚がありました。力みのないそんな感覚が最初の6試合ですごくあって、それは今までにない感覚でもあったので自分の中で大切にしたいという思いがありましたし、それがポジション獲得のアピール材料になるはずだとの考えがあり、なかなか捨てきれなかったのです。

―特別な感覚を大事にしたかった、と。

例えば第2節のガイナーレ鳥取戦でコーナーキックの流れからペナルティーエリアのすぐ外から右足シュートを決めたんですけど、あの時は相手からかなりのプレッシャーがあったのに全然慌てなくて、少しずれたトラップを右足でうまく調整しながら蹴ってゴール上隅に運んだんです。それまでの僕なら多分インステップで思いっきり打って、ゴール枠を外すか、相手選手に当てていたはずです。それまでとは異なるそういう感覚が、ほかのところに目を向けてしまうと壊れちゃいそうで、少し怖かったんですよね。そして、守備でのハードワークについて言えば、シンジさんは2度追い、3度追い、球際での気持ちの表し方というものを求めていましたが、自分の中では追い込み方さえ良ければもっと効率的に守れるという論理が頭の中にあったので、先ほどの性格の話に出たように、ハードワークの重要性や必要性に自分自身が納得いかないというか、その時は十分に理解できていなかったから、自分の考え方を変えるまでに時間がかかったんです。

―加藤選手がメンバー外になった頃に小林監督に加藤選手の評価を聞いたら「展開のスピード」についての話が出ていました。

そうですね、それは守備とは別にシンジさんから求められていたことです。「配球のスピードを上げて攻撃全体のテンポアップをしてほしいが、それができていない」と。シンジさんは「遅いんだ」という言葉でもそれを表現していましたが、僕としては自分がボールをキープすることでタメをつくって周囲の選手が動く時間やスペースをつくり、そこで相手のスキが生まれるのを待っているんだという感覚があったので、「わざとボールを持っているのに、それを遅いと言われても。これは判断が遅れているのとは違うのに……」と、戸惑いました。

―これまでの加藤選手のプレーを見ていて、間合いをつくる巧さに感心していました。それが加藤選手の特徴でもある。

遅いと言われた時は自分の特徴を否定されているように感じて、でも、メンバーを決めるのは監督で、その監督の評価がそうなら、自分は変えるしかないんだと思いました。その時の「変える」は「まったく新しい自分に変わる、変える」という認識でした。その時に、それまでの自分を完全に捨てるのではなく、それも持ちながら新たな顔を持つ自分をつくる、というように、2つの選択肢を持った上で変わろうとしていたら、あんなに長くメンバー外になることはなかったと今は思います。

―二面性を持つ自分に変化すればいいんだ、と気づいたのはいつ頃ですか?

天皇杯の2回戦でヴィッセル神戸と対戦した時(7月3日)に、僕らが前からボールを追ったからでもあるのですが、神戸の攻撃のテンポが本当に良かったんです。J1同士の試合なら、そうはならない。相手もある程度のところで追うのをやめて後ろにブロックを敷くことが多いですからね。でも、僕らは前からどんどんボールを追っていった。良い追い方はできていてかなり追い込むことはできるのですが、取り切るところまでいけなくて、僕らの圧力をかわして神戸はもう一度最終ラインから組み立て直す。その繰り返しでした。あの時の神戸はボールを動かしながら僕らのスキをうかがっていたんです。それを見た時にハッとしたんです。

―どういうふうに?

僕が自分でボールをキープしてタメをつくるのは、相手のスキをうかがうためでもありました。でも神戸はボールを動かしながら、それをやっていた。ボールを動かすことで相手も動く。それを繰り返すうちにどこかにスキが生まれる。リスクと効率性を、僕一人でやる時と、チームとしてボールをテンポよく動かす時と比べたら、チームでの方が上回る、と分かったのです。あと、大分とのトレーニングマッチでもそれは感じました。僕が悩んでいた夏の時期にJ1チームと対戦できたことで、それに気づくことができました。

―それから加藤選手のプレーはどう変わりましたか?

まず、見ていて分かりやすいのはワンタッチプレーが増えたことだと思います。それには2つの理由があって、チームとして目指す素早い攻撃をするためにできるだけ早く前線の選手にボールを渡して攻撃のテンポアップを図るため。あとは、先ほどから話しているように、ボールをテンポよく動かすことでタメをつくり相手のスキをうかがい、そこを突くためです。まあ今振り返れば、自分を変えるために随分と時間がかかってしまったなぁ、と。でも、シンジさんやアマさんのアドバイスもあって変わることができた、ということ自体は本当に良かったと思います。

―第27節のアスルクラロ沼津戦と第29節のブラウブリッツ秋田戦では、苦労しながら変化した部分が見ていてよく分かりました。テンポのよい配球と、球際の激しい守備、二度追いしてのボール奪取に、相手のプレーを読んだインターセプトを随所で見ることができました。

でも、僕がどうこうというよりも、チームとしての方向性がブレないことが大きいです。ちゃんとした軸があるから、そこに合わせて変われるわけですからね。軸がないとしたらどこに向かって自分を変えていけばいいか見当もつかない。そこは今年のチームの強みの一つでしょう。いま、守備の部分を評価していただきましたが、それもチームのコンセプトがしっかりしているから、ストロングはもちろんウイークポイントやミスがどういう状況で表れるかをみんなが分かっているから、僕も先回りしてそこをカバーできるんです。シンジさんがそういう形を作り上げてくれたから、そういうことも可能になるんだと思います。

―今季リーグ戦で3得点。うち2ゴールはヘディングによるもの。天皇杯県予選決勝の福岡大戦のものを含めたら計3ゴールがヘッドによる、しかもすべてニアサイドに走り込んで合わせたものです。これまでの加藤選手には、ヘディングが得意だというイメージがまったくなかったのですが?

僕が高校を卒業して加入した京都には、最初はヘッドコーチ、のちに監督を務められた秋田豊さんがいらっしゃいました。皆さんご存知のように鹿島アントラーズでも日本代表でも秋田さんのヘディングは強力な武器でした。約3年間、その秋田さんから居残り練習でヘッドを鍛えられたんです。特に1、2年目ですね。高く飛んで遠くに飛ばすヘディングももちろん指導していただきましたが、ヘディングにかかわる本当に細かい技術をていねいに教えていただきました。相手との競り合い方、その時の腕の使い方、マークの外し方、おでこで捉えるものだけではなく、側頭部で捉えるヘディングも。とにかく技術のレパートリーを含めて本当に多くを学ばせていただいたので、ヘディングには自信があるんです。ただ、その頃の首の筋肉痛はひどかった(笑)。首の筋肉痛って、普通じゃあ経験できないことでしょ?

―にもかかわらず、今季までヘディングによるゴールの印象は薄いのですが?

それは単純にゴール前にいることが少なかったからです。北九州に来る前はセットプレーのキッカーを務めることが多かったですし、柱谷幸一さんが監督の時はカウンターに備えてハーフウェイライン付近にポジションを取る役目だった、ということもあるので。それで、J3の1年目で一つヘッドから得点を挙げて、そこからゴール前に入るようになって、じゃあゴール前に入る選手のポジションを決めようとなった時に僕が「ニアに入りたい」と言ってから、ニアサイドに潜り込むことが多くなったんです。

―ニアサイドでのヘディングは入る可能性が高い?

そもそも自分がニアサイドに入ろうと思ったのは、浦和レッズの阿部勇樹さんがヒントになっています。長身でない阿部さんがニアサイドに入ってヘッドを決められるのは何か理由があるはずだと考えて観察して、答えを見つけたからです。ニアサイドを守るディフェンダーの立場で考えると、自分の頭の上をなるべく越されたくないんです、キーパーの手前でヘディングされると失点の可能性が高いから。でも、前で触られてもボールの角度が急激に変わってキーパーが反応しづらい。だから前も後ろも気にしなくてはいけない、非常に難しい守備対応となり、マークにつきづらい。だからボールに合わせて飛ぶタイミングとマーカーとの駆け引きを磨けば、上背のない僕でも決められるかもしれないと考えました。今季の3得点はディフェンダーの前に入って触った得点ばかりですが、それも「後ろで飛ぶぞ」という駆け引きをしての結果です。決めれば決めるほど相手の警戒は強まるとは思いますが、前に入ると見せかけて後ろで合わせるパターンもあるし、まだまだ取れる、という自信はあります。

―今年のボランチは激戦区となりました。川上選手、藤原選手、内藤選手、途中から井上翔太選手もボランチに挑戦しましたし、加藤選手が累積警告で出場停止だった第28節のY.S.C.C.横浜戦では代わりに國分伸太郎選手がプレーして2得点に絡む活躍を見せました。

競争が激しいことは確かですし、彼らライバルからは良い刺激を受け、それぞれの良い部分を自分なりに取り入れてやろうと意識していました。“自分なり"にというところが大切なんです。まったく同じことをやっても意味はない。すでにできる選手がいるんですからね。ほかの選手の良いところって、同じチームで組んだ時よりも、例えば紅白戦で相手チームになった時の方が分かりやすいんですよ。

―なるほど。では実際のゲームでも同じボランチやマークする相手選手の特徴をつかむことに努める?

そうですね、クセはよく分かります。それも駆け引きに使えますから、試合中にしっかりと観察していますよ。それも秋田さんから言われたことで、「試合が始まったらまず対面の選手をよく見ろ」と。ここ1、2年は経験を積んできた余裕からか、以前よりもさらに観察眼が鋭くなったように思います。

―どういうことが見えてきますか?

「あの選手、かなりヘバってきたな」とか、「監督に怒られてヘコんでいるな」とか。それが分かったら“口撃"しますね。と言ってもその選手に直接言うんじゃなくて味方に「あっちのサイド、今狙い時だぞ」とか「大丈夫、こっちにボール回してくれれば強気で行けるから」とか。味方へのコーチングとして、でも相手選手には分かるように言葉にすることで、さらに圧力を掛けるんです。あるいは相手がかなりボールへのプレスを強めてきた時には「いま、裏のスペースが空いてるぞ」って言うと、来なくなる時もあるし、そのまま来たら本当に裏のスペースにパスを出すとか、そういう心理戦を楽しめるようになりました。それも若い選手との比較で言えば、僕の武器と言えるかもしれません。

―今季も残り4試合となりました。いろいろなプレッシャーがかかる状況です。どう戦いますか?

若い選手も多いからプレッシャーに耐えられるか心配だ、という声も耳にしますが、まず、シンジさんが本当にブレずにチームづくりを進めてきたので、僕はそういう面での心配はしていません。誰が出てもチームが目指すサッカーを表現できるレベルにあると思うし、どんな相手に対しても「引かずに前へ出る」というサッカーができると思っています。若い選手はそれなりに緊張もするでしょうけど、だからと言って足が止まるなんてことはないはずです。だって34歳のイケさんが、時間は限られているとはいえ最後まで走るんですよ。それを見たら気力や闘志もわくでしょ?僕だってそうですからね。

―経験のある選手が牽引車となる。

先に話に出たヨウヘイ君やモトさんもそうですが、ほかにもオカさん(岡村和哉選手)や、ダイチくん(川島大地選手)たちも自分になかなか出番が来ない状況にあってもグラウンドで黙々と練習に取り組んで、しっかりとしたパフォーマンスを発揮して、ピッチから出ても自分からネタ振りしてみんなを盛り上げて……。僕、12年間プロとしてやってきましたが、出場チャンスをうかがう状況にある選手たちの振る舞いという点で今年のチームが一番良い。心からそう思います。だから、今年のギラヴァンツ北九州は強いんです!

文・島田徹 写真・筒井剛史

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