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シマダノメ Season5
第1回 深掘りインタビュー
田坂和昭 監督

『シマダノメ 深堀りインタビュー』もSeason5に突入しました!2021年以来のJ2リーグ返り咲きを目指してスタートする今シーズンも旬の人物にスポットを当て、さまざまなテーマで深掘りしていきますので引き続きよろしくお願いいたします。今季のスタートを飾るのは田坂和昭・新監督です。今季、どのようなチームづくりを行い、目標達成につなげようとしているのかを深掘りしてきました(取材日/2月24日)。

―1月の監督就任会見時に「ギラヴァンツ北九州として新しいスタイルを確立したい」というお話をされました。新しいスタイルとは具体的にはどういうものでしょうか?

あくまでも個人的な印象ですが、ここ数年のギラヴァンツ北九州のサッカーの印象は、細かいパスをつないで攻撃を組み立てるチーム、というものでした。自分が栃木SCの監督をしていた時の2020年の対戦では、そういう特徴を持つギラヴァンツ北九州に対しては、ハーフウェイライン付近でボールを引っかけてショートカウンターに持っていけるという考えで試合に臨み、栃木グリーンスタジアムでのゲーム(J2第16節)で実際に狙い通りの攻撃で2得点を挙げました。最終的に2点を失って2-2のドローに終わったのですが、ギラヴァンツ北九州の連勝を10試合で止めるゲームになりました。ボールを大事にする意図は理解できるのですが、バックパスも多い印象でしたし、全体的なイメージとして攻撃に時間がかかる、というものでした。攻撃に時間を掛ける分、守備に甘さがあるな、とも感じていました。そういう自分の中にあるネガティブな印象をまずは変えたいという思いを持って監督就任のオファーを受けました。

―攻守において、これまでとは逆のスタイルをつくりあげていくと?

これは就任会見の時にも言いましたが、ギラヴァンツ北九州が持つショートパスをつなぐという特徴は選手がそれだけの高い技術を備えていなければ実現できない武器でもあります。だからそれを捨てるつもりはなく、その活かし方を変えていく、というとらえ方をしてください。今の世界のサッカーのトレンドはいかに素早くボールを相手ゴール前に運ぶかにフォーカスしています。後ろからショートパスをつないで、しかも多くのバックパスを用いながらボールを前進させていてはゴールの可能性が低下する、そういう考えです。でも、相手も帰陣を早めますから、ゴール前に人数を揃えて守られた時にはテンポの良いショートパスで崩すことが必要になる。そこでこれまでギラヴァンツ北九州が磨いてきた武器を発揮すればいい、その武器は相手にとって大きな脅威になると思っています。監督のオファーを受けたのも、そういう武器をチーム作りに活かせる、それが面白いと考えたからでもあります。

―ボールをいかにつなぐかではなく、いかに相手ゴールに向かって速くボールを運ぶかに焦点を当てた攻撃に変化するということですね。では守備面における新しいスタイルとは?

昨季は特に攻撃でボール支配率が高く、守備はその流れから入っていくので、選手の立ち位置はどちらかというと、ピッチ上に広がっている状況からスタートするというイメージがあります。しかし、現在のサッカーにおける守備データには、コンパクトな状況にした方が守備陣形は崩れにくく失点が少ない、という事実が表れています。だから、よりコンパクトにした状況での守備にトライしてみたいと考えています。

―今季、長崎からの期限付き移籍でギラヴァンツ北九州に帰って来た村松航太選手が田坂監督はよくドイツ・ブンデスリーガ1部のライプツィヒというチームの話をすると言っていました。ライプツィヒが実践するものと、いまお話しされたような今季ギラヴァンツ北九州が目指すプレーモデルが重なっているということでしょうか?

今季のブンデスリーガ1部のバイエルン・ミュンヘンの監督を務めているユリアン・ナーゲルスマン(1987年7月生まれの35歳)という若い監督がいるのですが、彼がホッフェンハイムやライプツィヒを率いている時のスタイルは縦に速く攻め、守る時は縦の間隔だけではなく、横幅もペナルティーエリアの内側を目安に選手を置くコンパクトな陣形にしていました。それはとても理にかなった攻守の考え方だと思います。だからそういうスタイルをギラヴァンツ北九州でも取り入れたいと思っています。今のバイエルンでナーゲルスマン監督はもう少し広がった配置もしているのですが、それは発展形なので、まずは狭い中で守るというところをまずは実践したいと思っています。

―内側の狭いエリアに選手を配置すると相手にサイドを利用されて困りませんか?

もちろんサイドの守備も大切です。そこでボールを奪うことができれば、相手の守備陣形が整う前に一気に相手ゴールに向かってボールを運ぶことができますから。でも、守備に視点を置いた時、僕らが守るべきゴールは中央にあるということにフォーカスすべきです。つまりボールは最終的に中央にやってくるわけですから、中央に人数を割くべき、という考えになるのです。

―今季チーム作りを進める過程で、周囲のギラヴァンツ北九州に対する印象が、どういうものに変化していけば良いと考えていますか?

「攻撃が速いチームだね」、「縦に速いサッカーに変わったね」という言葉が出てくるようになれば、と思います。

―縦に速いサッカーというと、ロングボールを中心にして攻撃を組み立てることをイメージする方もたくさんいると思いますが?

ロングボールを前に蹴り込むということを、今季のギラヴァンツ北九州でするつもりはありません。あくまでもグラウンダーのボールを前に前に素早く動かしていく。もちろん横パスやバックパスをすることもありますが、それも前にボールを運ぶための一つの手段とする。「縦に速いサッカー」との言葉から「単調な攻撃になるのではないか」と思われる方もいますが、すべて縦パスで運ぶという意味ではなく、横パス、バックパスも使いながらなので変化は生まれます。ボールの動きに変化はあるけれども、攻撃の矢印は常に前を向いている、ということです。

―縦に速くボールを進めるためにはパスの出し手はもちろん、受け手の働きも重要になりそうです。

パスの良し悪しは出し手の技術もありますが、僕の中では受け手で決まると考えています。受け手がどこで受けるか、どのタイミングで受けるかがより大事になります。

―縦に速い攻撃、コンパクトな守備という新しいスタイルを実践するために必要なことは?

まずは走力ですね。先ほど話したように、ボールを速く前進させるためにはパスの受け手の走力が求められますし、守備の際に陣形をコンパクトに保つにもポジション修正のためにしっかり足を動かさないといけませんから。ただ、走力といってもサッカーの場合は陸上競技とは異なり「位置について、よーい、ドン」の合図でスタートする必要がありません。「位置について」の段階でスタートを切ってもよい。むしろそうすべき。つまり、そのために必要な判断力も大事な要素になるということです。その判断力を僕は選手に「ジャッジ」という言葉で伝えていますが、そのジャッジを早くして相手を上回ればいいわけです。それによって相手よりも早くゴールを目指せる、ルーズボールを自分のものとするためにボールに早く到達できるのです。

―走る姿にその人の心があらわれるという意味の「走姿顕心(そうしけんしん)」という言葉を用いながら、走ることを重視したチーム作りを進めたいとの話を当初からされていますが、「ただたくさん走ればいい」ということではないということですね。

亡くなられた元日本代表監督のイビチャ・オシムさんがおっしゃられていたように「頭を使って走る」ことが大事。先ほど話したように、ジャッジ次第で走るスピードも変わってきますし、無駄な走りを減らして効果的な走りをすることもできる。今は各選手の走行距離やスプリント回数がデータとして見ることができますが、長い距離を走っていれば、あるいはスプリント回数が多いから「それでよし」とはなりません。時に無駄に走らされていることもあり、それは映像を分析すれば分かること。求めるのは良いジャッジを伴う「質の高い走力」なんです。ただ走ればいいわけではない。ここぞ、という時に走れるかどうかが大事。そこはチームの立ち上げから選手に伝えているので、今はかなり向上してきましたね。

―良いジャッジというものが大切であると同時に、最初に下したジャッジを変えられる能力も必要になるように思います。先のワールドカップを制したアルゼンチン代表も確かにたくさん走れる選手が揃っていて、なおかつ先ほど田坂監督がおっしゃった質の高い走りをしていました。そこにもちろん目が行くのですが、相手の状況により一度自分が下したジャッジを切り替える能力の高さも目を見張るものがありました。

その能力は大事で、今のギラヴァンツ北九州の特に攻撃陣はそういう能力を備えている選手が多いと思います。今季の攻撃陣は比較的背が大きくない選手が多いのですが、そういう選手ってなぜかジャッジを途中で変える能力も高いんですよね。そのへんも含めて今季のチームは面白いと思いますよ。

―良いジャッジを選手自身が下せるようになるために、という意図もあってのことだと思いますが、「ボトムアップ」という考えもチーム作りのベースに置きたいと、お話しされています。サッカーにおけるボトムアップ指導を世に広めたのは、広島観音高校で2006年、インターハイ優勝に導いた畑喜美夫さん。畑さんが広島観音高校で実践したのが、例えば練習メニューや試合メンバーを選手が決める、選手主導のチーム作りでした。そういうやり方が果たしてプロチームで実践可能なのでしょうか?
(※注 「ボトムアップ」は選手や子どもたちが考え、発言し、指導者がそれを承認する、いわゆる『下意上達』の状態で、その対語は「トップダウン(上意下達)」で、監督が指示を出して選手を動かすという状態)

畑さんは僕にとっては広島大河FC、そして東海第一高校(現・東海大静岡翔洋高校)の先輩ということでお話させていただく機会があり、昨年1年間で畑さんの下でボトムアップの指導方法を学び、日本で12人しかないエキスパート資格も取得しました。畑さんが高校で実践したボトムアップ指導は多くの事を選手の判断に任せるもので、それが時に放任主義と曲解されることがありますが、そうではありません。指導者は常に選手や子どもたちとコミュニケーションを取り、目的達成のためのサポート役を務めるのです。しかし、プロの世界で畑さんが高校でやっていたようなボトムアップ指導をそのまま実践できるかと言えば、答えるのが少し難しいです。

―では、どのように?

Jリーグのトップチームではボトムアップの考えをベースにチーム作りを進めるのは恐らく僕が初めてになると思います。僕がやろうとしているのはトップダウン方式とボトムアップ方式を融合した『トップ・ボトム方式』です。僕から選手に「縦に速い攻撃とコンパクトな守備をするよ」と伝えるのがトップダウン的な部分です。その中で、みんながそれをピッチで表現するためにはどうしたらいいのか、その意見やアイディアを発し、それを僕がコミュニケーションを取って拾い上げ、それに対して僕を含めたコーチングスタッフがアドバイスや提案をしながらチーム作りや戦術に活かしていく、そこがボトムアップの部分になります。日本代表の森保監督も、脱トップダウン的な考えで、先のカタール・ワールドカップを戦ったということを明かしています。スペイン戦の前半は苦しみ、後半は選手の判断で3バックに変更して勝利を収めた。森保監督はスペイン戦の前に3バックの練習をすることでアイディアを選手に提示、それを選手の判断で実行に移したという裏話が記事として出ていましたよね。もちろん、僕がチャレンジする『トップ・ボトム方式』では、それぞれの部分のバランスはすごく大事になるだろうと考えています。

―その『トップ・ボトム方式』の考えは選手にも話しているんですね?

はい、島原キャンプ中に話しました。話をする中で、選手全員に、誰も知っているミッキーマウスの画を描いてもらったんです。みんな知っているはずなのに、出来上がった画はそれぞれで違う。「これが多様性なんだよ」と。みんな異なる考えやイメージを持ってペンを走らせている。でもよく見れば、それぞれの画でミッキーマウスの特徴は何となく書けている。そこから毎日、みんなで書いていけば同じミッキーマウスの画を描けるようになる。「これがサッカーにおけるトレーニングなんだよ」と。人にはそれぞれの考えがある。それが自分と違うからと言って最初から否定するのはダメ。互いの意見を聞き入れながら、認め合いながら集団としての意見として、方向性としてまとめ上げていく。これがボトムアップの基本的な考えであることも話しました。

―そこに指導者としてどうかかわっていくと?

「ミッキーマウスの耳は大きいよ」「この部分が黒いよね」と、輪郭を教えて先に導いていく。そういうふうな考えでトップダウン的なものを融合させていきたいんだ、という話をしました。

―ボトムアップ的な考えは、例えば、今季の主将は選手が決めるとか、練習後のクールダウン時のランニングは少数グループをつくって、そこでのコミュニケーションを促すというところにも見て取れます。

年齢別で4グループをつくり、その中で一人のリーダーを決めて、そのリーダーがグループ内の意見をまとめる。そのリーダーが直接僕に伝える、あるいはリーダー同士で話しまとめたものを僕に上げる。これが下意上達、ボトムアップですね。自分が思う意見を発することでチーム内の活性化にもつながるんですよね。今季のキャプテンは夛田凌輔になりましたが、それは各グループで誰がふさわしいか決め、それを持ってリーダーだけが集まり話して、最終的に夛田に決まったということです。

―選手がキャプテンを決めるやり方の利点は?

僕が指名した場合は「キャプテンがみんなを引っ張る」という形になりがちですが、みんなで話し合って決めると「みんなでキャプテンを助ける」というマインドになる。それがチームの一体感を生むと思います。

―田坂監督は今季、走ることと別に「闘う」ことも重要視していると話していますが、「闘う」ということは、例えば球際の争いに負けない、などピッチ上での激しさということなのでしょうか?

確かにサッカーにおいては「闘う」と言えば、球際の争いなどフィジカル的な激しさを最初にイメージすると思います。もちろん、それも大事なことですが、精神的に闘えるかどうかが実は大切です。体力的にも苦しい終盤で相手よりも早くボールに触ろうと思う時、そのために足を一歩前に出すためには精神的に強くなければなりません、精神的な部分での自分との闘い、『内なる闘い』に勝てるかどうか、そこがとても大事になります。そういう選手が本当にタフな選手、闘える選手なのだと思います。先のワールドカップで素晴らしい戦いを見せてくれた日本代表の森保一監督が選んだのは、ピッチの中はもちろん、ピッチ外でどれだけ自分と闘ってチームに貢献できる選手なのか。そういう基準で選んだメンバーだったんじゃないかと思います。

―『トップ・ボトム』という考えに基づいたチーム作りはもちろん、縦に速いサッカーと攻め切る際のショートパスを融合させた攻撃に、縦も横もコンパクトにした守備と、田坂監督にとっても新しい試みにチャレンジする1年になるわけですね。

僕も監督を十何年やってきていろいろなチームを預かっていろいろな苦労をしてきました。時にはチームが崩壊するんじゃないかというくらいの危機感を持ったこともありますし、逆にチームワークはいいんだけれどもなかなか闘えないというチームもありました。そういう経験を重ねた上で、去年1年間で勉強したことは自分の中での財産になったと思います。

―これまでの経験と新たな学びを加えたハイブリッドスタイルの指導をここギラヴァンツ北九州で披露していく、と。

このチームの個性を見ると、僕自身が新たなチャレンジをする中で、新しいギラヴァンツ北九州スタイルをつくりあげることができるだろうと思っています。その挑戦によって良い結果を出す。そのために選手と共に前に向かって走っていきたいと思いますので、応援のほどよろしくお願い致します。

文・島田徹 写真・筒井剛史

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