SHINMOJI KININARINYO新門司キニナリーニョ
新門司キニナリーニョ 第8回
GK1 伊藤剛選手 & GK31 大谷幸輝選手

今季5人でしのぎを削っているゴールキーパー・チーム。特殊なポジションなだけに技術やトレーニングに関して知らないことがたくさんあります。そういうGKならではの情報を大谷幸輝選手と伊藤剛選手、二人のベテランにキニナリーニョしてきました。
―まず、伊藤選手はJリーガーになる前に東ヨーロッパでプレーしました。その経緯は?
伊藤
大学でサッカーにあまり身が入らなかった時期に友達の一人がスペインに留学していて、留学に興味を持ちました。彼にエージェント会社を紹介してもらい、ヨーロッパでプレーしたいと話しました。その会社としてモンテネグロという国を開拓したい思いがあることを伝えられて、キーパー枠としてどうかと打診されました。「ドイツとかの強豪国に留学してもなかなかプロにはなれないだろうから、モンテネグロで最初からプロとしてプレーしてみてはどうか」と言われ、面白そうだな、と。もう勢いで決めました。
―モンテネグロの母国語は?
セルビア語ですね。
―セルビア語を覚えた?
いいえ、パッション(情熱)で何とか(笑)。トータルで2年半ほどモンテネグロとボスニア・ヘルツェゴビナでチームを変えながらプレーして、最後の方に少しだけセルビア語でコミュニケーションを取ることはできましたけど、基本はパッションで乗り切りました。
―大谷選手は海外挑戦についてどう思いますか?
すごいと思います。日本でプロになる前から海外に行ってプレーする選手がたくさんいますが、僕が若いころは、日本代表で活躍することが海外に行く条件のようなところがありました。だから、僕の中で海外に行くという発想、イメージがまったくありませんでした。
―大谷選手は中学を卒業して浦和レッズのユースチームに所属したわけですが、家族と離れての生活は寂しかったのでは?
大谷
とはいっても、日本ですから。しかも浦和では寮生活でしたから、初めのころを除けばそれほど寂しくはありませんでした。
―寮生活は厳しかった? それとも楽しかった?
僕が入った時はユース専用の寮がなかったので、トップチームの寮に入れてもらいました。だから、そこまで厳しくはなかった。ただ、当時の浦和ユースは地元選手が多くてみんな実家から通っていたので、寮で生活するユースの選手は僕だけ。だから周りはトップチームの選手だけだったので、最初はあまり接触がなくて寂しく感じた時もありました。
―伊藤選手は寮生活を経験したことは?
高校の時は寮生活でした。あの当時は上下関係が厳しい時代だったので、1年生、2年生の時はしんどかったけど、仲間との生活だったので楽しい部分もありました。
―伊藤選手はモンテネグロのFKゾラから数えてギラヴァンツ北九州で10個目のクラブ。大谷選手がギラヴァンツ北九州で4チーム目のクラブ在籍。キーパーが新しいクラブに移籍する時の難しさはどこにあるのでしょうか?
大谷
それは人ぞれぞれだと思いますが、共通するのは、監督によってキーパーに求めることが違うので、そこにアジャストすることが難しさの一つだと思います。
伊藤
監督が求めるスタイルに合わせることもそうですが、キーパーコーチによって練習スタイルが変わるので、そこに慣れるのにも労力が必要ですね。
大谷
足の出し方一つにしても、キーパーコーチによって持論が異なることがありますから、最初は慣れるのに苦労します。

―ギラヴァンツ北九州の吉川脩人GKコーチはどうでしたか?
伊藤
シュウトも指導のアプローチが全然違いましたね。だから、最初は慣れるのに苦労しましたが、考え方が理解できると、すごく楽しくなる。まず、同じ練習をすることがほとんどない。
大谷
メニューの数は本当に豊富。
―GKは特に細かい技術が必要なだけに反復練習がとても大事なように思います。だから吉川GKコーチのようにメニューが毎日変わると、技術要素のレベルアップが難しくなるのでは?
大谷
求めるところは一緒だけど、アプローチの仕方を変えているだけだから、技術向上はしっかり進んでいく。反復練習による基礎技術の習得は確かに大事。でも、それは育成年代でのこと。
伊藤
だから、基礎技術の習得を終えている僕らにとっては、シュウトが考える豊富なメニューによって多くのシチュエーションを経験することはとても大事だと思います。試合で同じシチュエーションでゴールを守ることは数少ないですからね。
―吉川GKコーチ(1994年3月生まれ)について。大谷選手(89年4月生まれ)よりも年下です。
大谷
年下のキーパーコーチは初めてだったので、最初はどうなるんだろうと思いましたが、当たり前だけど、コーチとして僕にしっかりモノを言ってくれる。でも、グラウンドを離れれば僕を年上の人間として接してくれるなど人間性がしっかりしているので、グラウンドでの言葉を素直に受け取ることができています。すごくやりやすい。
―伊藤選手は?
伊藤
同い年。だからシュウトと呼んじゃっている(笑)。前向きで明るいので、僕だけではなくほかのキーパーものびのびと練習に取り組めているし、試合に向かってしっかり気持ちもつくることができていると思います。
―今季のギラヴァンツ北九州は5人のGKが在籍しています。5人態勢はこれまで見たことがありません。
大谷
僕も初めて。Jリーグが始まったころは1チーム3人が普通で、僕が浦和にいたころも3人か4人。いまは4人が当たり前になってきたけど、5人はあまりないのでは。
伊藤
僕が所属した海外では5人いましたね。
―GKコーチ一人に対してGKが5人。一人当たりの練習量が少なくなるのでは?
伊藤
5人と言うものの、今季の初めはユウヤ(田中悠也選手)が去年の手術からのリハビリでいなかったし、そのあとにリッセイ(谷口璃成選手)がケガで離脱して。5人一緒に練習するようになったのは最近のこと。でも、ユースチームのGKコーチにアシストしてもらいながら、シュウトがメニューの構成をうまく考えてくれているから、待ち時間が長くなることもなく、ハードな練習をすることができています。
―好きな練習、嫌いな練習ってありますか?
大谷
そりゃぁ、きついのは嫌(笑)。ジャンプやステップが多いメニューはきつい。
伊藤
僕も全身瞬発系の練習は好きじゃないけど、でもきつい練習ほど達成感が大きい。
大谷
そう、きついけどやっておきたい。そういう気持ちにはなる。好きじゃないけど、そういうきついメニューもしっかりやっておかないと不安になる。
―そういうことを聞くと、もしかして試合よりも練習の方がきつい?
伊藤
きつさで言うと、練習の方が圧倒的に上。
―好きなメニューは?
大谷
狭いコートでのミニゲームとか。ただゴールを守るだけではなく、GKの僕らもゴールが狙えるようなシチュエーションの練習は好きですね。
伊藤
受け身になるだけではなく、自分もアクションして攻撃に直接かかわる、勝負し合うような練習は楽しいし、好きです。自分がやられたら嫌なプレーをフィールドプレーヤーの立場で行なえるのも学びになる。
―「うまい」と感じるキーパーとは?
伊藤
僕は基本に忠実な選手かな。キャッチング、足の運びとか。例えばはじきたくなるボールもしっかりキャッチするとか。
大谷
「うまいな」と思う選手と「止めるな」と思う選手は違う。
伊藤
そうそう。練習ではうまさを感じないのに、試合ではやたらシュートを止める。外国籍選手に結構、多いですよね。
大谷
基本技術は雑だけど、ゲームでは鋭いシュートを止める。
―ということは、キーパーにおいて「うまい」は評価の対象にはならない?
大谷
もちろん、うまさは大事だけど、直接の評価にはつながらないのでは。結局、シュートを止めるための技術なので。
―若いGK陣について教えてください。まずは田中選手について。
大谷
まじめですね。周りから言われなくても自分で考えて黙々とやるタイプ。みんなもやるけど、よりまじめ。
―特徴は?
大谷
1対1の場面での『面』のつくりかたがうまい。
伊藤
間合いの取り方、自分の間合いに持ち込むのがうまく、どっしりとしている。
大谷
ユウヤが1対1で落ち着いていられるのは、手、胴体、脚でつくる『面』が大きくてスキがなく自信を持っているから、自分の間合いになるのを待てる。
―杉本光希選手はどうでしょうか?
伊藤
ミツキはスピード。ステップを踏むのもすごく速い。だから反応も速い。
―そういうスピードは若いから出せるもの?
大谷
年齢は関係ないと思います。もちろん、もともと持っているアジリティー能力が関係するとは思うけど、トレーニング科学が進んでいる今は、年齢が上がっても高められると思う。
伊藤
ジュビロ磐田の川島永嗣選手(42歳)は、いまもめちゃくちゃ速いですよ。
―杉本選手の性格をどうみますか?
伊藤
まじめ。でもキーパーチームは基本みんなまじめ。
―谷口選手はどうでしょうか?
伊藤
加入してからの期間で、一番成長した選手だと思う。
―どういうところに成長を感じますか?
伊藤
全体的に、ですね。あいつは勇気があるから、どんどんトライしますしね。
―キーパーにおいての『トライ』とは?
伊藤
例えば対応が難しいクロスに対してもまずは飛び出すことを考えて跳ぶとか。1対1の場面でも止まらないで出ていく、とか。それで抜かれたら、そのあとで修正すればいい、という考えも持っているように僕には映ります。そういうトライへの気持ちが強い選手だと思う。
―ゴール前から離れてのトライの重要性も分かりますが、ゴール前での守備に集中して動かないという選択肢もあるんですよね?
大谷
去年まで名古屋グランパスでプレーしていたミッチェル・ランゲラック選手はそういうタイプの選手でした。シュートを止めるのはうまいけど、プレーエリアとしてはそんなに広くなかった。
伊藤
それは自分の特徴を知っているから。ゴール前でのプレーに自信があるから、別に前に出て行ってプレーすることはない。そういう考えを持っているんだと思います。
―プレーエリアが広いだけでは評価の対象とはならない?
大谷
そこは難しいところで、広いエリアをカバーすることをキーパーに求める監督がいますから、その監督にとっては、プレーエリアの広さは大事な評価点になると思います。
伊藤
マヌエル・ノイアー(元ドイツ代表、バイエルン・ミュンヘン所属)が出てきたときに、プレーエリアの広さが注目されましたよね。
大谷
僕は、浦和とコンサドーレ札幌でプレーしていた時に攻撃的なサッカーを志向するミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ)が監督だったので、幅広いエリアでプレーすることを強く求められていました。そこでかなり足元のプレーを鍛えられました。毎日の練習でそこにかなりの時間を割いていました。
伊藤
キーパーの足元の技術はやればやるほど上達する。
―キーパーの1試合の平均走行距離はどれくらいでしょうか?
大谷
普通は4から5キロくらいかな。
伊藤
それもチームスタイルによって変わるところで、後ろからボールをしっかりつなぐために、キーパーもそこにかかわるとなると、走行距離が伸びていく。アンジェ・ポステコグルー監督の時の横浜F・マリノスでプレーしていた朴一圭選手が8キロ走ったことがあると話題になったことがありますよね。
大谷
浦和でミシャの時に、オレでも7キロを走ったことがある。このオレが(笑)。チームスタイルによって、走行距離は変わるし、そこも含めてキーパーに求められることは大きく変わるということ。
―7キロはかなりきつかったでしょ?
大谷
それがそうでもなくて、最終ラインを押し上げるために前にポジションを取るとか、ビルドアップのためのサポートで細かく動くとか、そういうことをやっていたらそうなっちゃうから、走った感はなかったですね。
伊藤
逆に自陣に引き込んで守ってカウンターみたいなスタイルだとキーパーがペナルティーエリアから出ることはほとんどないから走行距離は伸びません。
―伊藤選手は大谷選手のことをどう見ていますか?
伊藤
キーパーの基準を上げてくれる人。すべての基準が高いので、キーパーチームの目安、基準になってくれている人です。それで練習のクオリティーが上がる。
―大谷選手の性格をどう見ていますか?
伊藤
後ろでちゃんと見守ってくれる人。僕はどちらかというとすぐに楽しくなってふざけちゃうタイプなので、ありがたいです。もし、自分が一番年上だったら、それができなくなっちゃう。コウキさんがいるから自分を出せているし、のびのびできている。つまり、コウキさんに甘えている(笑)。
―練習の雰囲気はどういうものが好ましいのでしょうか?
大谷
真剣さがある中で楽しく。それがいいと思います。楽しくと言っても、ヘラヘラする、のとは違う。そのへんはゴウがうまく雰囲気をつくってくれている。
―いまのキーパーチームの雰囲気はどうでしょうか?
伊藤
みんな試合に出たいという思いを当然持っていますし、それがなければプロではないと思うけれど、そういう熱い思いはウチに秘めてやっている感じがあります。試合に出られないイライラが振る舞いに表れる選手はいません。
―良いキーパーの条件とは何でしょうか?
伊藤
僕は信頼感だと思います。シュートを止めることで得る信頼感ももちろんありますが、ピッチ内はもちろん外での振る舞いがどうなのか、それによる人間的な信頼感があるかどうかが大事だと思っています。でも、それはキーパーに限らず、ほかの選手も、かな。信頼感があるから互いに助け合う、それがチームワークになり、勝利へとつながっていくと思うから。
大谷
それが前提にあるとして、僕はオーラかな。「シュートを打っても入らない」とシューターが思うようなオーラを発しているキーパー。そう感じさせるキーパーはすごいなと思う。実際にそういうキーパーはいるんです。例えば、浦和のチームメイトだったシュウくん(西川周作選手)がそうだった。
―そのオーラは自信から来るものでしょうか?
大谷
分かりません。わかったら、僕もそれを身につけられるじゃないですか(笑)。
―PKについて。決まる確率が高いという認識でいますが、どうでしょうか?
大谷
そう思います。止められればラッキーという感じですね。
―試合に臨むにあたっては相手のPKキッカーの情報は入れている?
伊藤
何人かは入れています。コーチから映像も渡されます。ただ、そのデータ通りの方向に飛ぶとは限らない。その場の雰囲気、その選手の表情なども見ながら、データとは逆に飛ぶこともある。もし、それで決められても後悔はない。
大谷
決められて当然、と言えるくらいの確率のプレーなので、決められてもあまりヘコまない。流れの中での失点と比べると、気持ちの切り替えはしやすい。「次、行こう」となりますね。
伊藤
流れの中でしっかり崩されて取られた方が気持ちは落ちますよね。
大谷
流れの中だと、どこかで失点を抑えられたはずだから、そういう気持ちになるんだと思う。
―最後にキーパー初心者に向けてのアドバイスをほしいんです。キーパーの面白さ、やりがいを教えてください。
大谷
いまはシュートを止めるだけがキーパーの仕事ではなくなっている。キーパーのフィード一発で得点が取れることも増えてきたし、そういうことを狙ってもいる。つまり守備では最後の砦として、また攻撃の起点としても大きな働きができるという点で、ピッチに立つ11人の中で一番試合に影響力を持つのがキーパー。だからヨーロッパでは能力の高い選手がキーパーになるし、人気も高いんだと思う。そういうことを認識して誇りをもってプレーしてほしい、と思いますね。
―キーパー初心者に向けてまず習得してほしいと思う技術は?
大谷
初心者はまず顔にボールが飛んでくる怖さとの戦いがある(笑)。僕も最初は怖かったですもん。だからまずはボールが当たることを怖がらないことかな。一歩前に出るとボールが顔に当たる確率が落ちる傾向にあるので、あと一歩前に出る勇気を。もちろん、それでボールは体や足に当たるけど、その痛みはそれほどでもないし、繰り返せばすぐに慣れます。
―メンタル的には厳しいポジションだと思います。特に年代が低ければ、失点の責任がキーパーになりがちです。
伊藤
止めることだけにフォーカスするんじゃなくて、さっきも言ったようにキーパーの役割が広がったというのは年代には関係ないと思うので「今日はアシストができた」、「アシストにつながるパスが出せた」とか、ディフェンスをうまく動かして守ることができたコーチングの部分とか、「今日できた」ことの幅が広がると思うので、できたことに目を向けてほしい。そうやって、長くキーパーとしてプレーし続けてほしい。
大谷
減点式ではなく、加点式で。指導者の方にもそういう視線で子どもたちに接してほしいですよね。そうやってキーパーとして長くプレーしてほしい。長くプレーすることは良いキーパーになるための大事な条件になると思うので。

[取材・構成:島田 徹]
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