SHINMOJI KININARINYO新門司キニナリーニョ

新門司キニナリーニョ 第2回
工藤 孝太 選手

今季新加入ながら開幕から第14節までチーム唯一のフル出場を続ける20歳。高さと速さを兼ね備える守備力に加えてボールを扱う技術も高く、利き足の左足から繰り出されるパスは攻撃の第一歩に。その実力と活躍ぶりは、スタッフと選手が選ぶ3月4月のMVP受賞という形でも証明されています。

昨季の藤枝MYFC在籍時と同様に、今季、工藤選手はJ1の浦和レッズからの育成型期限付き移籍でギラヴァンツ北九州に加入しました。

チーム始動後、新加入選手を中心に挨拶を進める中で、工藤選手からは「僕を特集してください」と声を掛けられました。その時に少し驚いたものの、自己アピールに積極的な20歳の若者だなと感じました。

しかし、シーズンが始まり定位置を確保したとも言える第10節・カマタマーレ讃岐戦翌日のクラブハウスで増本浩平監督に「僕、町田戦に出たいです」と直訴する姿を目にして別の意味で驚きました。

第9節のFC琉球戦から中3日の讃岐戦、その讃岐戦からルヴァンカップ2回戦の町田戦まで今度は中2日。町田戦から中3日で第3節・ヴァンラーレ八戸戦が控える過密日程の最中の出場直訴でした。

すでに10試合連続でフル出場を果たして「休みたい」との思いも出るころでしょう。若くて元気があるとは言え、この並々ならぬ出場意欲は普通ではない、逆に20歳らしくないとも感じました。

そんな違和感とともに、昨季在籍した藤枝で6試合の出場にとどまった選手が、どうしてここまでの活躍ができるのかが気になって仕方がなくなり、工藤選手を直撃することにしたのです。

「本当に苦しかったんです」と語り始めた昨季、藤枝での経験が工藤選手を大きく変えたようです。

「今までの実績に自信を持っていたし、『オレ、J1の浦和から来たんやから』という思いもあり、当然、出場機会を手にできるだろうと考えて藤枝に行きました」

「ところがまったくダメ。まず、強度の高い練習がみっちり2時間もあることに慣れることができなかった。そして、そういう厳しい練習の中でポジション争いのアピールに努める、という作業自体ができませんでした。それまで常に先発でプレーして来たから『ポジション争い』という概念自体がありませんでしたから」

工藤選手はエリート街道を歩んできた選手でした。浦和ジュニアユースのセレクションに合格して故郷、和歌山県の田辺市からさいたまに移り住み、その後、浦和ユースに昇格。その間に年代別の日本代表にも選出されました。

2021年には2種登録選手としてトップチームに登録され、同年4月21日のルヴァンカップ・グループステージ第3節・横浜FC戦に先発フル出場を果たし2-1の勝利に貢献。そして翌年、トップチームに昇格。

そんな天狗になってもしょうがない順調な歩みの中、工藤選手は藤枝で初めてと言っていい挫折を藤枝で味わったのです。

「それでも何とか途中出場する機会が増え、6月の第20節・大宮アルディージャ戦で初めて先発メンバーに選ばれました。『ここでアピールできればポジションを奪えるかも』と張り切りました。試合は3-2で勝ったのですが、失点にからんでしまい、その後は出番が減り、7月を境にメンバー入りすることさえなくなりました」

ようやくつかんだチャンスをフイにした工藤選手の心は完全に折れたそうです。

「そういうキツイ状況からどうやって立ち上がったらいいのか、まったく分からない。ちょっとしたことでイライラしたし、やる気もまったくわかない。本気でメンタル・トレーナーをつけようかと思いました」

昨年のことを振り返るたびに「本当にしんどかった」という言葉を口にする工藤選手はどのようにして苦境から抜け、今のハツラツとした自分をつくり上げたのでしょうか。

「結局、メンタル・トレーナーをつけることはありませんでした。まずは自分で自分を見つめ直そうと試みました。そして、ギラヴァンツ北九州に誘っていただいたのを機に、一度、自分が浦和に籍を置く選手であることを忘れよう、北九州の一員としてどこまで頑張れるか挑戦してみようと決めました」

「藤枝での僕を知る人は、今の僕の練習態度や姿勢、試合に臨むための日々の生活の中での準備がまったく違ったモノになっていることに驚くんじゃないでしょうか」

大きな変化を自らに課した工藤選手はギラヴァンツ北九州の新体制会見で『全試合フル出場』をシーズンの個人的目標に掲げ、その達成に向けていまは順調な歩みを見せています。しかし、そのことに工藤選手は満足していません。

「積み上げたモノを失うのは一瞬です。ポジションはいつ奪われてもおかしくない。だから結果を出し続けるしかありません」

試合に出ることを当たり前のこととして、その中でさらに自分の価値を高めたいと工藤選手は言います。

「自分が目立つというよりも、縁の下の力持ちでいい。『目立ちはしないけれども効いている』『替えの効かない選手だね』という評価をもらえるようになりたい」

「そのためにはまずは常に無失点を目指すこと。今季は守備が堅いという評価をチームとして手にしていて個人的にもとてもうれしいことです。これは僕一人の力ではなくチームとして表現しているストロングポイントで、その中で自分の役割をまっとうしていくことにこれからも力を注いでいきたい」

「いまは攻撃面がチームの課題の一つですが、そこでももちろん貢献したい。再現性のある攻撃を仕掛けるために僕ら最終ラインの選手からの配球はとても大事になってくる。そこでの仕事ももっと質高くやってきいきたいんです」

3月4月のMVP賞でもらった盾はロッカールームに飾ってあると言います。

「連続受賞ができるように。またファン、サポーターの方々からも認めてもらえるように、もっともっと頑張ります!」

挫折、足踏みからの力強いリブート(再起動)は、20歳だから持ち得る苛烈なエネルギーによるものなのか、それとも20歳らしからぬ柔軟な自己調整力によるものなのか。いずれにしてもボールを追う時のキラキラとした眼差しを見ると、サッカーへの情熱が根源にあることに間違いはないように思えます。

[文:島田 徹]